遠い昔。遙か昔。
二人のヒトがいた。
少女と少年が出会う。
でも少女は言った。
『私たちは会うべきじゃなかった』
一筋の涙が、少女の瞳から流れる。
その涙は温かい。
『あの時、会うべきじゃなかったの』
少女は泣きながら言う。
止めどなく涙は溢れ――
『さようなら…』
大きな海が世界に出来た。
アメルリク。少女の名前だった。
永遠に大人になれない少女。本来ならばもう老婆のはずだった。
もう見飽きてしまった白い世界を降りた。降りた先は、全面砂漠化した世界だった。
太陽が沈み始め、砂漠は黄昏に染まっていく。
少女の愛した世界は、もうここにはない。
「誰かいないの?」
少女はできるだけ大きな声で聞く。
でも返事は無い。少女はがっくりと肩を落とした。
ふと、頬に暖かなものが流れていた。
それは冷えた身体にはとても温かかった。
疲れが分からない少女は、立ち止まらずに歩き続けた。
どれくらい歩いたのだろうか。
裸足で歩いたために、傷だらけで汚れていた。
でも、少女は気にしなかった。気にする必要が無かった。
突然立ち止まり、目を細める。
遠く遠くに誰かが倒れていた。
もしかしたらヒトかもしれない。
そんな希望を持って、少女は走った。
あと少し。あと少し。そして、少女は倒れている誰かを見つめた。
さらさらな髪。二つの目。閉ざされた口。きりっとした小鼻。
確かに倒れている誰かは、ヒトだった。
「大…丈夫?」
ゆっくりと揺さぶってみた。
でも、目を覚まさない。
今度は強く揺さぶる。何度も何度も揺さぶる。
「ねえ、起きて。起きてよ。起きてよ」
ヒトは目を開けない。
少女は再び揺さぶる。
「起きて。ねえ起きて。起きて。起きてよ。起きてってば」
また少女の瞳から涙が流れた。
それが頬を伝い、ヒトに触れた。
まるでスイッチを押したかのように、ヒトは目を開く。
何度も瞬きをして、焦点を合わせる。
「キミは…誰?」
「私はアメルリク」
「アメルリク…。ボクはスウェイカー」
ほっと安心したように少女は微笑む。
ヒトの少年は、その笑顔を見て心を落ち着かせる。
「スウェイカー。体調は大丈夫?どこか痛くはない?」
「うん。平気だよ。アメルリクはどうしてここに?」
こんな辺境の砂漠地帯に。少年はつぶやいた。
少女はもごもご言って、明確には言わなかった。
だから、少年もそれ以上は聞かなかった。
水も木も太陽の暖かさも此処にはなかった。
全てが砂漠で、どこまで行っても砂漠だった。
「星は壊れてしまったんだ。ボクらが星を壊してしまった」
「そんなことはないわ。これは定められた運命だったのかもしれない」
「でも、自分のエゴばかりで、星の事なんて考えもしなかった」
「私もそうだった。こんなことになるのはもっと後だって。そう思ってた」
「だから、星は壊れてしまったんだね」
二人はずっと話していた。
気が合う友達のように、ずっとずっと。
「ボク、前までたくさんのヒトと一緒だったんだ。でも、いつの間にか一人になった」
「食料何もないもの。いつかヒトは餓死してしまう」
「うん。ひとりぼっちだったんだ。寂しくて寂しくて、誰かに会いたかった」
少年は思いを言い続ける。
少女はそれに耳を傾ける。
「そんなとき、アメルリクと会った。とても嬉しかったんだ。同じヒトがいて」
「私も、同じヒトにあえて嬉しかった」
太陽は完全に沈んで、空は真っ暗になっている。
月の明かりだけが今の二人の頼りだった。
疲れをしらないアメルリク。
でもスウェイカーは疲れを知っている。
疲れが溜まり、その場に座り込んでしまう。
そんな少年を少女は気遣い、隣に座った。
「アメルリクは夜の砂漠より冷たいんだね」
少年は少女の手を握り、そういった。
「それに、真昼の空の雲よりも白い」
「生まれつきなの」
そうとしか少女は言えなかった。
真実をひた隠しにして、嘘を言う。
心苦しくても、少女は真実を口にはしない。
「そろそろ眠ろうか」
「うん。そうする」
存在してはならない少女。
その少女に残された時間は、もう残りわずかだった。
二人は突然目を覚ました。
ものすごい轟音と共に、大地が揺れていた。
地震――そう呼ばれていた現象。
今はもうほとんど起こらないとされていたはずだった。
「何?何が起こっているんだろう…」
「ああ、ばれてしまったのね。もう時間がない…」
「アメルリク?」
少女は少年の手を取り走り出した。
つまづきそうになっても、何度転んでも走り続ける。
今は走らなくてはならなかったから。
「アメルリク!一体どうしたんだ!」
「ごめんなさい。全部私のせい。私が勝手に抜け出してきたから…」
少年が何を言っても聞いても、少女は謝るだけだった。
地震はどんどんと激しくなる。
揺れは大きくなり、地割れもしている。
鼓膜が破れるような大きな轟音と共に、地割れが二人を裂いた。
少年がバランスを崩し、大きくできた割れ目に落ちそうになる。
「スウェイカー!」
賢明に少女は少年の腕を掴み続けるが、不幸なことに少女には力がなかった。
このままでは二人共々奈落の底に落ちる。
「離すんだ、アメルリク」
「絶対に嫌!それだけは絶対に…!」
「離すんだ!」
強く言い放つ。
真っ直ぐに少女の目を見続ける。
「絶対…嫌だ…!」
今まで出したことの無いような力を発揮し、徐々に少年の身体を持ち上げる。
その努力に折れたのか、少年も上がろうと手を伸ばす。
少年の手が地面に触れ、腕に力を込めて身体をあげる。
そして、二人は無事に生き延びた。
息が上がり、話すこともままならない。
呼吸が落ち着いた頃になっても、地震は続いていた。
「…アメルリクは、何か知っているの?」
少年に問われて、ついに少女は語り始めた。
「私は、存在してはならない者。本来ならば、魂の循環で既にまっさらな魂に変わっていた。
でも、私は嫌だった。こんな数年間しか生きていないのに、『私』がいなくなるのは嫌だった。
だから、白の世界から抜け出してきたの。
この地震は白の世界の人たちが、起こしているんだと思う」
「白の世界?」
少女は空を指さす。
空にはゆらゆらと真っ白な雲が流れている。
「抜け出してきたこと、ばれたのかもしれない。これは罰なのかもしれない。
私、スウェイカーを巻き込んでしまった。巻き込むつもりはなかったのに…ごめんなさい」
「別にいいんだよ。そう謝らないで。大丈夫だから」
少女はまた目頭に涙をためていた。
嬉しさや悲しさが混ざり、複雑な気持ちになる。
「私たちは会うべきじゃなかった」
「そんなことない。会ってよかったんだ。こうしてボクは生きている。
それはアメルリク、キミのおかげなんだ。
ボクを起こしてくれなかったら、きっと凍死していた」
それでも、と少女は言い募る。
「危険な目に遭わせてしまった。だから…
あの時、出会うべきじゃなかったの」
「どうして?危険なことはたくさんあるよ」
二人の会話の途中で、突然黒いローブを着た者が現れた。
どれも同じような背で、全て同じ格好。
合わせ鏡のようだった。
「脱走者アメルリク。お前の自由期限は過ぎている」
「今すぐ上界へ戻るのだ」
「何で戻らなくちゃならないんだ!ここにいてもいいだろう!」
「スウェイカー…」
「分からないのか、少年。この者はもう既に死んでいる」
「生きていたら醜い老婆になっているのだ」
「そこをどくのだ」
少年は首を横に振った。
華奢な少女の冷たい手を掴み、少年は走り出した。
黒ローブの者達の間を通り、逃げ出す。
少女も一緒に走っていた。
逃げ切れないことは分かっていた。
だからこそ、少しでも長く少年と一緒にいたかった。
黒ローブの者達が何かを唱え、二人は檻に囲われてしまう。
それでも、少年は少女の手を離さなかった。
少女も離さなかった。
「スウェイカー。私は短い間だったけど、とても楽しかった。嬉しかった」
「アメルリク?」
「それに、大好きにもなった。だからこそ、もう迷惑は掛けたくないの」
少年がもう一度少女の名前を呼ぼうとしたときだった。
「さようなら…」
ふいに掴んでいた手が離れる。
少女の姿が薄くなり、徐々に離れていく。
もう一度掴もうと、離れていく少女に手を伸ばすが、それはわずかに届かない。
少年の叫ぶ声が、空高く響いた。
その声はちゃんと少女に届いていた。
一筋の涙が、少女の瞳から流れる。
止めどなく涙は溢れ、大きな海が世界に出来た。
『それは遠い遠い遙か昔のこと。こうして海は出来ました』
モドル